ほのえりは世界を救う

答えは得た――高坂絵里

大人になるとは、嫌だと思ったことをグッと我慢することではない

嫌だと思ったことを大っぴらに話してもよい環境を、自分の手で作り上げる意思を持ち行動することだ

 

それが果たして大人なのかどうかは知らないが

 

大人というのが「平均的な社会構成要素」であると仮定した場合

・自分を社会の平均なるものに寄せていく

・社会(集団、環境)の方を自分に寄せてしまう

・社会そのものを自分に似た者で固めて作り上げる

これくらいしかあるまい

真ん中の択は派手に難しいので(大概の【テレビに出てくる】社会学者なるものはここに位置する)、上下の二択になりがちだ

そして下を選ぶと居心地がよいが独善に陥り、上を選ぶことは何かにつけてストレスを生む

 

バランスを唱えすぎるとバランスが崩れているので、ほどほどの範囲でやるのがよい

釣り合いというのは傾いていてもとれるものだ

 

 

んで

昨日今日とラブライブにおいては二つの発表があった

お気持ちを皆が表明する中、私も当たり障りなく言ってみたりもする

これは実にコミュニケーションを取りたい、取っておきたいという欲望のもと行われた行為であり少なからず心にもないお世辞を混ぜたことをどうにも歯がゆく思うものだ

 

鍵をかけて切れ散らかしている人もいたが、その人たちともベクトルは違う

 

興味が余りないと言うところだ

担当声優の現実面?に興味がない

これは常々言ってるけど

 

キャストの想いとか努力とか苦労とか苦悩とか人生とかが作品に影響を与えるのはそれはそれで結構な人にとっては最良のスパイスなんだろうが

私には些末なおまけであるということだ

それはラブライブというコンテンツが2.5次元を標榜していようとも知ったことではない

その姿勢は片手落ちであるという批判は全うであり、そう問われればその通りです私は楽しみ方を知らない申し訳ないと答えるものだ

 

でも2次元側しか楽しまなくてもいいだろうし、声優さんを崇拝して楽しむ人たちを白い目で見て結構気持ち悪いとは思いつつも心の中にちゃんとしまっておくだけの礼儀は持ち合わせている

 

多分にこれは声優ラジオを聞けば代わる可能性を含んでいて、割りと面白いから応援するかくらいまでは行くとは思うものだ

でも写真集を買って喜んだり、その言動の些細なところまでを皆で楽しんで褒め称えるような真似をしたくないという厳たる自分が存在する

少なくともそこまで可愛くもない人間を可愛いと言うのは多分無理だろう

 

以前も書いたかもしれないが、ハロプロ全盛の時代がいたたまれなくて漫画小説アニメに飛び込んだものだ

アングラに憧れたのとも少し違う

あの人間性をかなり捧げて売る側はともかく、それを買う側の狂的な、敵対者を排除しかねない、それも一時に過ぎない信仰行動に嫌気がさしたのこそが私の起源にある

キャラならええんかと言われたら、それもまたそんなこともないのだ

 

人のことは言えない、変わりゃせん

しかし最初がそれだと今の流れは中々辛い

時代においてかれたのだろうか?

 

私は冷酷なのだろうか

声優を軽んじ、彼ら彼女らを作品の道具と見なしている人種なのだろうか

本当に冷酷なのは……

しかしそれもまた、売り手がそうしてるからという言い訳が利くのが何とも言えない

人が人を売りにするのを否定はしないし、我々も日々するところだ

だがそれを持ち上げる人と、テレビでよくわからん芸人やコメンテーターがわめき散らすのもまた同じ売りだ

あっちを嫌がってこっちを好む人たちはなぜだ、なんだ

やはり根底に人があるのか

 

彼女らが作っているアイドルたるキャラこそが創作であると捉えることが、私にできないのか

いや、捉えてはいる

 

それを人々とともに楽しむことが、できないのだ……

更に言えば、それを楽しむ際のお約束を果たすことで仲間意識を持つという人々の行いを、私がなぜか忌避しているのだ

なぜなのか

 

ロンブーの亮君がラブライブを好きになって発言をしたところで、それが素敵だと思うことはない(彼が嫌なわけではない

有名人が仲間になったからなんだというのか

「あ、そうなん」ですむ話ではないのか?(その有名人も好きならともかく)

担当声優がオタクだからだからなんだというのか?

自分達の仲間から、声優が出て来て繋がって嬉しいなぁ~

となるのはなぜなんだ?

よく分からない

一度すごくその事で友と議論したけれど、結局理屈がよくわからなかった

仲間意識が希薄というより、キャストを尊敬すれども一人の人間に過ぎないと思いたいというアタマの固さがそうさせているとも言える

 

「ZUNは神主だが単なる酔っぱらいのマルチクリエイターである」

と思いたいのだ

【あいつも我も人だろう、と思っていたいのだ】

そこに自分を置いているからだ

アイドルという舞台の上にいる人に対して、演技すごいですねというのを軽々に言える自信が私にないともいう

考えすぎなのだろう、が、それは……

 

 

 

散々色々言ってきたが

今回のプロジェクトに限って言えば、あのような形でスタートするなら人を見るしかなくなる

オーディションからレッスン中のドラマとかはできれば出してこないでほしいなとは思っているけれど

果たしてどうなるのやら、出て来て見なければ何とも言えまい

何も分かってないうちから「素敵」だの「これはやばい」だの「虹やるってんのに」だのギャーギャー騒ぐのは見ていて……

それも祭りの華というものではあるが

始まる前こそ無責任に騒げるのだから

そういうときに人間性が出るものだし、その時の発言だけで人間性を計りたくないものだと言うに留めたい

 

 

 

 

 

あなたちゃんのキービジュが可愛いんですが、こいつが割りと熱く行動するのかと思うとビビる

多分スクスタのストーリーとは違ったキャラじゃないかと思うけどね?

 

K氏は「世界観を擦り合わせろ」と願っていたが、私は「世界観を殖やしていけ」と願っている

ここら辺も畑の違いだなぁ……となったりした

勿論TLでは言わない、それが彼とのコミュニケーションの一つの距離だ

 

なんでも明け透けに言うことで仲良くなれるのなら世の中はジャンプの漫画になっちまう、それは私には困る

人によってコミュニケーションは変わるものだし、変わらない筋もあるときもあるし、その筋もよく変節するもので

他者にどう思われたいか、自分が自分をどうしたいかの釣り合いを、どうやるかは難しいものだ……