ほのえりは世界を救う

答えは得た――高坂絵里

【ラブライブSSへっぽこ実験室】スレイμ's 一話の一

 私は追われています。

 突然何を言っているのか、と思われることでしょう。

 確かにこんなことは、このお世辞にも治安がいいとはいえない街道においてさして珍しいことではないですし、私自身においても『なぜか』このところ頻繁に起きていることでもあるのですが。

 あの『騒がしい二人』とも先日別れて、やっと落ち着いたかと思っていたのに。二人のおかげでどれだけ私がトラブルに巻き込まれたか。数え始めればキリがありません、一週間程度かかるのではないでしょうか?

 勿論、寂しいとも思っていますよ。ええ、それは否定しません。

 

 ともかく、追っ手は姿を見せないよう気をつけているようですが、もうそこまでやって来ているのは把握済みです。

 恐らく、先日お会いした野盗の方々の残党。

 野盗の方に追われるような覚えがあるのかと申しますと、残念ながら……これがあるのです。

 旅に出る以前の私であれば、『身に覚えもないのに追われているのはなぜでしょうか?』等と思っているところ。しかし、旅を通じて世間の荒波に揉まれ、ついでにあの二人と一緒に旅をして学んだおかげで少しは融通と言うものが効く様になった……らしいです。自分では自分の変化に気付いていないのですが、きっと良い事なのでしょう。

 

 さて、思考の整理も終わりましたしそろそろどうにかせねばなりません。先ほど差し掛かった橋のたもとから川原の方へと歩を進めているのは、万一通りかかった他の方を巻き込まないためです。穏便に済むなどということは望めません。相手の人数を把握できていないのはあまり良くないのですが、準備が出来ていなかったので仕方ありません。常在戦場、次は気をつけましょう。そもそも最近索敵は『リン』に頼りすぎていたのです――

 

「やっと追いついたぜ、嬢ちゃん」

 

 私に声をかけてきたのは、アイパッチをつけた上半身裸の男の方でした。背中に差しているのは円月刀でしょうか。接近戦を主軸にしそうな割に裸というのは余り感心しませんが、これまでお会いした盗賊の方にも大勢いらっしゃいましたので、きっとそういうファッションなのだと解しています。

 

「よくも散々俺達を虚仮にしてくれたな」

 

 しかし、お嬢ちゃんと呼ばれるのはなんともむずがゆいものですね。この手の方々には時折そう呼ばれるのですが、果たして幾つの年頃の女性までお嬢ちゃんと呼ぶのでしょう? それとも、年下の女性なら一緒ということでしょうか。

 

「このオトシマエはしっかりとつけさせてもらうぜ」

 

 まぁ、なんとも事前に想像していた通りの台詞です。子供の頃、姉に読み聞かせて貰った『有名な小説の中の悪人とほぼ一言一句そのまま』。悪党というものの皆が皆、語彙力に乏しいとも思えません。むしろ、あの小説が世界的に大ヒットして、誰もが真似したがっている可能性を考えた方が自然でしょう。

 その小説に憧れて旅に出た私も、人の事は言えませんからね。

 

「 ――と、言いたいところだが――」

 

 おや、話の風向きが変わるのでしょうか。確かに、いつも同じパターンの台詞と言うのは余り面白くはありません。差別化を図る人がいてしかるべきです。

 追って来たグループのリーダーと思しき方は、何ともいいようのない――強いて言うならば少々下品な――笑みを浮かべるとこう続けました。

 

「正直、あんたとはやりあいたくねぇ。まともにやったらこっちもかなり痛い目を見そうだしな……いや、中々どうして、大したタマだよお嬢ちゃん」

「俺は分隊率いて別行動中だったからあの晩はいなかったんだが、それはもう見事にやってくれたらしいなぁ。戻ったときにゃ頭も含めてほとんど全員お縄。何とか逃げ延びた奴に聞いてみりゃ、『夜中に酒盛りをしてたら正面から若い女が一人砦に乗り込んできて、全員剣で叩きのめされた』って言うじゃねぇか。そんな馬鹿な話があるかと言ったんだが、街で噂を集めりゃどうにも本当と来たもんだ」

 

 ……おっしゃるとおりです。

 ええ、私が三日前にやりました。私が彼らの砦に突撃して、その場にいた人達を捕らえました。

 それは決して正義感から行ったことではありません。いわゆる悪人悪党にもそこに至った理由があります。独り善がりの判断で白黒をつけて裁きを下せるほど、私には自信がありません。この考えを『ノゾミ』が聞いたら『ウミちゃんも中々成長したなぁ』と泣き真似をしつつ言うのが目に浮かびます。

 それに、国には国、土地には土地の事情があります。行きずりの旅人がおいそれと首を突っ込むものではないのです。

 ……が。

 『とある状況』を知ってしまい、見過ごすわけには行かなくなったのです。結果、盗賊のアジトを壊滅させたというわけでして。

 彼らのやった悪行の内容を聞いてカッとなって潰した、というわけではないのです、誓って。

 ……やはりそれもあります、嘘はいけません。

 ゴホン。

 しかし、全員捕縛したと思っていましたが残党がいるとは失敗でした。下手に残った小数の集団は、自棄になって手段を選ばなくなることもあり大変危険です。ですがーー私を追ってきてくれたのは好都合というものです。

 ところで、仇討ちでもないなら何故追ってきたのでしょう?

 

「だからよ、こっちとしては一つだけ返してくれりゃそれでいいんだ」

 

 返す。

 はて?

 

「返すとは、一体何のことでしょう」

「しらばっくれても意味がないぞ? こっちは減ったとはいえ」

「十一人、ですか」

「ぐっ……」

 

 気配は確認し終えています。あえて川原で川を背にすることで、一方向に彼らを揃えて分かりやすくしたわけです。

 目の前に見えている八人に加えて、後方の林に三人。恐らくは飛び道具。

 

「あなた方がアジトに貯めていた盗品なら後から片付けにやって来た領主の兵士が回収したのです。私の手元には何もありません」

「そっちじゃねぇよ! 洞窟の方のだ!」

「洞窟……?」

「……ほんとに知らねぇのかよ」

「そう言われましても」

 

 知らないものは答えようがありません。カマをかけて情報を引き出すようなことは苦手です。それはノゾミのような人がやることで私の役目ではないでしょう。

 

「いや、あれだけ分厚い入り口の錠前をたたっ切れるような奴はこの辺にゃいない。そして、あの晩あそこで三十人以上を剣でぶちのめした奴がいる。おめぇ以外に誰ができるってんだ」

 

 これはどうやら、自己完結されてしまったようです。やっていないのにやったことにされるのは困ります。

 

「そう、おめぇしかいねぇんだよ。これ以上とぼけるんならこっちもやるしかねぇ」

 

 説得しても聞き入れられそうにないみたいですし、そろそろ会話を締めましょうか。

 

「失礼。まず、盗品を更に盗んで懐に入れる趣味はありません」

「『石ころ一つ』、返すだけで手を打とうって言ってんだぞ!」

「たとえ石ころ一つ、仮に持っていたとしてもあなた方に渡す義理はありません。そしてーー」

「なんだぁ?!」

 

 私は剣を鞘から抜きながら、こう答えてやりました。

「ーーあなた方を、ただで帰す理由もありません」

 

 それがウミ=ソノダの信条です。

 

 折角、向こうから捕らえ損ないがやって来てくれたのです。逃さず捕縛すれば少しはこの辺りの治安もよくなるというもの。

 剣を構えた私に対し、彼らは半円状に広がりこちらを取り囲んできます。

 

「一人で突っ込むな! 距離を取りつつ動きを封じろ!」

 

 中々考えますね。事前情報から一対一では勝てないと判断、こちらの動きを制限して後ろから弓で狙い打つといったところでしょうか。悪くない作戦です。

 私が、彼らの思うところの剣士であったならばですが。

 詠唱(カオス・ワーズ)を小声で口ずさみ、後は発動させるだけ。

 そう思った瞬間。

 

「やっほー! また逢えたねー」

 

 林の方から、なんだか見覚えのある女性が。

 

「なんだ、てめぇ……ぁあっ?!」

 

 驚くのも無理もありません。

 手に、男を引きずって現れたのです。

 それも……三人。

 

「いやー、なんかそっちを弓で狙ってるからさー。とりあえずやっといたー」

「な……な……」

 

 お相手も、よもや新手に三人が一瞬でやられるとは思っていなかったでしょう。呆気にとられているようです。戻ってくるのをお待ちする必要はないので、こちらもさっさと終わらせましょう。

 

「コーサカさん、跳んでください!」

「ほいっ」

 

 ピョンと一跳ね。咄嗟の呼び掛けなのに凄い跳躍力です。それなら十分。

 

「地霊咆雷陣(アーク・ブラスト)!」

 

 言葉を解き放つと同時に、私の足元を中心に川原全体に光が奔り、野盗に襲いかかり……。

 彼女が地面に戻ってきたときには、男達は全員痺れて倒れていました。

 

「おぉー、お見事ー」

「かっ……てめぇ……魔道士だったの……か」

 

 最後の気力で、私に疑問をぶつけながら気絶。流石にリーダー格だけあって根性がありましたか。

 

「あ、それ私も思った。魔道士だったんだね」

「いえ、私は魔道士ではありませんよ」

「そうなの? じゃあ前は剣を使ってたから剣士?」

「でもないです」

「んんー? じゃあ、何やってるの?」

「私はーー

 

ーーただの歴史研究者です」